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2014年11月1日土曜日

『ウィンブルドン』 -THE FINAlLIST  復刊したスポーツミステリー 1977年の作品



『 ウインブルドン』 -THE FINALIST        作 ラッセル・ブラッドン - Russell Braddon   




 " Wimbledon Tennis Champion ship 2007"  Photo by Kol Tregaskes  https://www.flickr.com/photos/koltregaskes





お話は2人のテニス選手が出会うことから始まります。
ゲイリー・キングは23歳のオーストラリア人選手、ヴィサリオン・ツァラプキン17歳のソビエト連邦の選手。


ソビエト連邦の選手ということで、このお話の時代設定が現在のロシアではなくソビエトの時代のものだということがわかります。東西冷戦時代です。

実は、読み終えるまで「解説」を読まなかったので、なんの情報も持たずに最後まで読み終えてから、このお話が1977年に発行された作品の復刊作品だと気がつきました
作者はすでに故人となっているオーストラリア人のラッセル・ブラッドン。ノンフィクションも多く手がけているためか、その筆致は緻密でかつスピード感があり、正確で生き生きとした描写と文章力で一気に読ませます。



前半では2人が出会い、ヴィサリオンが政治的な思惑からではなく、ただゲイリーのようにBMWのバイクに乗りテニスを楽しみたい気持ちから亡命して、ゲイリー家にお世話になって世界を転戦する様子がテンポよく描かれます。

ゲイリー・キングの父親は税理士を辞めてゲイリーのマネージャーになり、母親は現役を退いた元テニス選手。ニュー・サウス・ウェールズの試合でゲイリーとヴィサリオンは初めて顔を合わせ、海辺で遊び、言葉が通じないながらも心を通わせます。

あまり言葉も通じない2人が急速に仲良くなっていくのはまるで恋物語のよう。ヴィサリオンからの電話を受けて、彼を迎えにいき亡命の手伝いをする過程もいさぎよくてカッコよく、ゲイリー家総出でヴィサリオンを奪還しにきたロシア人の一行を迎えうつ場面は爽快で、コテンパンにやられたロシア人が気の毒になるほどです。




1979年製のBMWのバイク 1000cc
ヴィサリオンが乗りたかったのもこんなバイク?
1979 BMW BIKE R100 1000cc



後半は、各地のツアーを巡って勝ち抜いてきた2人がついにウィンブルドンの決勝で戦う姿が描かれます。半分以上がこの決勝戦のお話になるのですが、決勝を戦うだけでなく、エリザベス女王の王冠の宝石のコイヌール・ダイアモンド(160カラットのインド産)を狙う脅迫犯が現れて試合はとんでもないことに…。




コヒヌール・ダイアモンド    Koh-i-noor の複製品
カットされる前は793カラットの大きさでした 
Koh-i-Noor old version copy.jpg
"Koh-i-Noor old version copy". 
Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.


  コヒヌールが付いている王冠 通常はロンドン塔で展示、カラスが護ってます。
"The Imperial Crown leaves Parliament"  




そんなに大きくて有名なダイアモンドを強奪してはたして売りさばけるのか?が気になりますが(巨匠の描いた名画が有名過ぎて売りさばけないのと同じ)、犯人はダイアモンドを渡さなければエリザベス女王とウィンブルドンの優勝者を試合終了後に狙撃すると脅迫してきます。

が、女王は脅迫には屈しません!毅然とした態度で断り、クッションを2つ重ねて座り、よりいっそう暗殺されやすい状態に!隣にいる首相はソワソワしています。このときの英国首相は労働党のジェームズ・キャラハン。選挙に敗れ、マーガレット・サッチャー氏に政権を譲り渡すことになった人で、このミステリーの中ではかなりぞんざいな扱いを受けています。ロイヤルボックスの前に防弾ガラスを立てても首相までカバーしきれないことが判明しますが、警視総監は同情もしてくれません。

なによりも脅されることを嫌うゲイリーに脅迫犯の存在を伏せたまま、(知ればストレート勝ちして狙撃者に身をさらしかねない性格なため)、ヴィサリオンだけを頼みの綱としてポイントを取ったり取られたりのシーソーゲームが延々と続いていきます。
警察は犯人を特定しますが、ウィンブルドンの試合会場にいる狙撃者を探すのに手間取り、試合はさらに長引くのですが、ついに勝敗が決まります・・・。




1980年のエリザベス女王陛下  こんな笑顔で観戦されていたのでしょう





テニス、それも最高峰の戦いであるウィンブルドンを舞台にしたミステリーですが、テニスの知識がなくても十分楽しめる作品です。
主人公の二人のテニスプレーヤーや、その家族、大会事務局長、捜査陣などのチラリと見せるユーモアや皮肉を込めたセリフが楽しいのです。翻訳が少し硬い文章ですが、またそこも魅力で、すがすがしい読後感を残し、作者のテニスへの情熱や人間に対する愛情も静かに伝わってきます。


そして、日本人のテニスプレイヤーのお話も2度ほど紹介されています。本文の解説には、作者のラッセル・ブラッドンは第2次世界大戦に出征し、3年間(!)も日本軍の捕虜となった経験があると書かれています。その経験を持ってなお日本人を公平に見て扱ってくれているラッセル・ブラッドンに深い敬意を感じます。







1977年のウィンブルドンで優勝した、スウェーデンのビヨン・ボルグ 。
ヴィサリオンの髪は濡れても金色のままの金髪、灰色の眼なので、ボルグの17歳のイメージです。
このころはラケットの形も現在とは違っていますし、ヘアスタイルもロングの人が多いです。




 BBCの中継車が大活躍  ありとあらゆるカメラを操り、狙撃犯を探します
photo by Quinn Cowper "BBC SiS Vision @ Winbledon" https://www.flickr.com/photos/syncro/





 ウィンブルドンのセンターコートでハムレット?のCMを撮影 1974年
Alan Parker filming a Hamlet advert at Wimbledon April 1974
Photo by James Morley  https://www.flickr.com/photos/whatsthatpicture/